<キキョウ (桔梗)>は以前に<洋桔梗>紹介した。
sptt
<キキョウ (桔梗)>は以前に<洋桔梗>紹介した。
sptt
キンポウゲ科の花はこれまで
アネモネ(キンポウゲ科)ー Mar 24, 2023 聞いたことはあったが、Hong Kong Flower Show で出くわした。
オダマキ(キンポウゲ科)ー Mar 9, 2023 公園で見つけたが、Hong Kong Flower Show でも見つけた。
ウマアシガタ、キンポウゲ ー Dec 26, 2021 これは実際見た記憶がない。
興味があったのは、ウマアシガタは中国語では<毛茛>(学名:Ranunculus japonicus)で毛茛科 (Ranunculaceae) の毛茛属の<毛茛>で、 毛茛科を代表する花だからだ。毛茛科はなじみがないが、中規模家族。
中国語 Wiki
本科植物共有50属约2000种,广泛分布在全世界各地,尤其北温带和寒带为多,中国有39属约750种,臺灣有10屬31種。
日本語 Wiki ではこの説明がない。北温带和寒带のためか、香港ではあまり見ない。
中国語 Wiki 最後に<铁线莲等>とあり、これはテッセンのこと。テッセンは聞いたことがあるが、見た記憶がなっかた。今年の Hong Kong Flower Show 2025で、帰り間際に小ぶりな<北京館>で薄青紫のテッセンに思いがけず出くわした。<花弁>がダブルになっているのが特徴で、スケッチは複雑だ。初めは何の花だかわからずにスケッチしていた。つる性の大きな花ということで、いろいろ思いを巡らしていたが、スケッチ後にクレマチスの名が思いうかんだ。携帯でチェックしてみたら、Clematis、クレマチス、テッセンと出てきた。少し感動した。
クレマチス、テッセン
Hong Kong Flower Show 2025
スケッチではわかりにくいが、<花弁>がダブルになっている
アネモネ、オダマキとともに飽きない魅了ある花だ。これはある程度の対称性によるのではないか? 完全な対称性になると、図形、数学的になって味気ない。
sptt
主に
文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー5.若紫 (わかむらさき) の巻
この巻の主な話はごく幼い<紫に上>との出会いから拉致に近い形での自宅への引き取りなのだが、出会いの背景として、源氏が病気療養のため北山の僧侶に加持祈祷を受けに行く。北山はその時ヤマザクラの開花時で、下のヤマザクラの歌はその僧侶とのやり取り。
加持祈祷L 病気や災難などから逃れるために、神や仏に祈ること
「山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりもおぼつかながらせたまへるも、かしこければなむ。今、この花の折過ぐさず参り来む。
とのたまふ御もてなし、声づかひさへ、目もあやなるに、
と聞こえたまへば、ほほゑみて、「時ありて、一度開くなるは、かたかなるものを」とのたまふ。
「山水の風景が心残りですが、内裏から催促がありまして、恐れ多いです。今、この花が散る前に参内します。
(源氏)大宮に戻ってこの山桜を宮人に語りましょう
風が来て花を散らす前に来てご覧なさいと」
と仰る君の所作が、声までが、あでやかに美しく、
(僧都)「優曇華の花に出合った心地がします 深山の桜には目移りしません」
と僧都が申し上げたので、源氏は微笑んで、「時にあって、一度だけ咲くというその花は、出会うのが難しいそうですね」と仰る
ーーーーー
若紫は幼い<紫に上>のことで、
秋の夕べは、まして、心のいとまなく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなるゆかりも尋ねまほしき心もまさりたまふなるべし。「消えむ空なき」とありし夕べ思し出でられて、恋しくも、また、見ば劣りやせむと、さすがにあやふし。
という歌がでてくる。これだけではわからないが、<源氏物語を読む>の解説には
手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草 この手に摘み取って、早くわがものにしたいものだ、あの紫草(藤壺)にゆかりのある野辺の若草(少女)を(新潮)/
手に摘んで早く見たいものだ紫草にゆかりのある野辺の若草を(渋谷) /手に摘んで早くみたいものよ。紫草の根につながっているのであった、あの野辺の若草を(小学館古典セレクション)。「紫」は紫草のことでその根を染料とした。ここではその紫(藤)色から、藤壺をさす。「ね(根)にかよひける」は血縁関係をさしす。
とある。
紫草 (ムラサキソウ) をしらべてみた。
Wuki
”
ムラサキ(紫、Lithospermum erythrorhizon)は、ムラサキ科の植物の一種。多年草で、初夏から夏にかけて白い花を咲かせる。栽培用には、同属異種のセイヨウムラサキ(L. officinale L.)が利用されることが多い。
特徴
和名ムラサキの語源は、本種が群れて咲くことから「群ら咲き」であるとする説が一般的であるが、図鑑等には紫色の根が由来と説明するものもある。
染料
古くから青みがかった紫色「江戸紫」の染料として用いられてきた。紫色とは、もともとムラサキの根を原料として染め上げた色である。色を染めるには、乾燥した紫根を粉にし、微温湯で抽出して灰汁で媒染して染色する。(後略)
”
これからすると
1)<ムラサキ>が植物名である。
2)ムラサキ科という科がある。
3)紫色の紫 (ムラサキ) の名ははこの植物由来の可能性がある。この場合、<本種が群れて咲くことから「群ら咲き」であるとする説>が優先することになる。上の歌
の<紫の根>の紫は植物のムラサキと解釈できる。
この手に摘み取って、早くわがものにしたいものだ、あの紫草(藤壺)にゆかりのある野辺の若草(少女)を(新潮)
の紫草。紫草 (=藤壺) は解説が必要だが、ややこしい。さらに、子の巻には源氏と藤壺の密会が挿入されているのだが、行間を読まないといけない。
主に
文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー4.夕顔 (ゆうがお) の巻
夕顔の巻にはタイトルの<夕顔>と朝顔が和歌に出てくる。また<夕顔>は直接には出てこないが女性の名前でもある。
おもしろいのは、 <夕顔の巻>の前は<空蝉の巻>で,話としては<空蝉>(これも直接には出てこないが女性の名前でもある)の話が冒頭に来てもいいのだが、なぜか夕顔の話が冒頭から始まり、これがそこそこ続いて最後の方に<空蝉>の話が出てくる。そしてこの<空蝉>の話の中に、前回とりあげた< 軒端萩 (のきばのおぎ) >が出て来る歌がある。
さらには<夕顔>の話の中に、 六条御息所や<中将のおもと> (御息所つきの女房) の話も挿入されている。朝顔の歌は<中将のおもと>の話の中に出てくる。話は相当込み入っているのだが、紫式部の意図か、はたまた後世の書き写し間違いか?
さて<夕顔> (女性) の話だが、これは前々回の<帚木の巻>で伏線としてとりあげた『雨夜の品定め』の話の中の<頭の中将>の話の続き。源氏が<頭の中将の女>とわかる (察する) のは後半になってから。
夕顔の話
この話自体込み入っているのだが、まず夕顔が歌を源氏におくる (扇に書いたもの) 。
惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて馴らしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさみ書きたり。
そこはかとなく書き紛らはしたるも、あてはかにゆゑづきたれば、いと思ひのほかに、をかしうおぼえたまふ。
惟光に紙燭を持ってこさせて、例の扇を見れば、使いなれた香の移り香が深くしみて心惹かれ、興をそそる走り書きであった。
(夕顔)「おそれ多くも源氏の君ではないかとご推察します 白露の光が輝いて夕刻のお顔に光を添えております」
それとなく書き手を紛らわす様は、品があり訳あり気で、意外にも風情があった。
源氏の返事
御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて、
「寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔」
ありつる御随身して遣はす。
懐紙に筆跡が誰と分からないようにして、
(源氏)「近くに寄ってはっきりご覧になったらどうですか たそがれ時にぼんやり見えた夕顔の花を」
例の随身に持たせて遣わす。
つまりは、初めは夕顔から源氏に歌をおくるのだ。
Wiki の植物<ユウガオ>の解説は次の通り。
”
ユウガオ(夕顔)は、ウリ科ユウガオ属の植物で、蔓性一年草。実の形によって細長くなった「ナガユウガオ」と、丸みを帯びた球状の「マルユウガオ」とに大別する。
名称
和名「ユウガオ」の由来は、夏の夕方に開いた白い花が翌日の午前中にしぼんでしまうことに由来する。アサガオ・ヒルガオ・ヨルガオに対して命名された名であるが、アサガオ・ヒルガオ・ヨルガオはいずれもヒルガオ科の植物であり、ウリ科のユウガオとは直接の類縁関係はない。ヨルガオがユウガオと呼ばれる事もある。白花夕顔はウリ科ユウガオではなくヒルガオ科ヨルガオのことである。
特徴
原産地は北アフリカまたはインド、古くから日本でも栽培されていたとされるが、何時どの様に伝来したかは分かっていない。
大きな果実を実らせることが特徴。果実は長楕円形、洋なし形、球形がある。同じく大きな実を実らせるウリ科の植物にヒョウタンがあるが、ヒョウタンとユウガオは同一種であり、ヒョウタンがインドに伝わって栽培されるうち、苦味の少ない品種が食用のものとして分化、選別されたと考えられている。食用にされる果実は、ウリ特有の香りがあり、トウガンに近い風味がある。天日で乾燥させたかんぴょうは、ほのかな甘みがある。
”
朝顔の話
上で少し触れたが<朝顔>の歌は<中将のおもと>の話の中に出てくる。
中将の君、御供に参る。紫苑色の折にあひたる、羅の裳、鮮やかに引き結ひたる腰つき、たをやかになまめきたり。
見返りたまひて、隅の間の高欄に、しばし、ひき据ゑたまへり。うちとけたらぬもてなし、髪の下がりば、めざましくも、と見たまふ。
「咲く花に移るてふ名はつつめども
折らで過ぎ憂き今朝の朝顔
いかがすべき」
とて、手をとらへたまへれば、いと馴れてとく、
と、おほやけごとにぞ聞こえなす。
をかしげなる侍童の、姿このましう、ことさらめきたる、指貫の裾、露けげに、花の中に混りて、朝顔折りて参るほどなど、絵に描かまほしげなり
現代語訳
中将の君はお供する。中将の君の時節に合った紫苑色の着物に、薄絹の裳を引き結んだ腰つきは、優雅であった。
源氏はふり返って、隅の間の高欄の近くに中将を座らせた。すきのない物腰、肩にかかる下がり端の具合が見事だった。
(源氏)「咲く花に心が移った、と噂が立っては困るが、
手折らないで通り過ぎれない今朝の朝顔のようなあなたです。
どうしましょう」
と言って手をとったが、馴れた手つきですぐ、
(中将の君)「朝霧の晴れ間を待つ間もなくお出かけでは
花に心を止める余裕などございませんでしょう」
とわざと主人の返歌として返す。
可愛らしい侍童の姿が好ましく、特別にあつらえた指貫の裾が、露にぬれて、花の中に混じって朝顔を手折っくるなど、絵に描きたいくらいだ。
注)
中将の君はお供する。中将の君は (六条御息所に) お供する。
おほやけごとにぞ聞こえなす。ー> わざと主人わざと主人 ( 六条御息所に) の返歌として返す。
六条と五条
六条御息所も源氏の愛人で、上の場面は源氏が六条御息所と一夜を過ごした朝の出来事。何度も繰り返すが、話はややこしいのだ。夕顔 (ゆうがお) の巻の冒頭は
と始まっている。Wikii の解説
六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ、ろくじょうみやすどころ)は、『源氏物語』に登場する架空の人物である。桐壺帝時代の前東宮(前坊)の妃で、六条京極(現在の京都市下京区本塩竈町附近)に住まいを構えていることからこの名がある。光源氏の最も早い恋人の一人。
六条はそこそこの住居区だろう。
一方夕顔が住むのは五条で、この巻には
門は蔀のやうなる、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに、「何処かさして」と思ほしなせば、玉の台も同じことなり。
切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。
門は蔀のようなものを押し上げていて、奥まで見とおせるような粗末な住まいに、あわれを感じ、「どこでも行き着いた処が自分の家だ」と思えば、この家も高殿と同じだろう。
切り掛けのような粗末な板塀に、青い葛が心地よく這い、白い花がひとり笑うように咲いていた。
とか
げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、このもかのも、あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、
という描写がある。
アサガオの Wiki の解説
アサガオ(朝顔、牽牛花、学名: Ipomoea nil)は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物。原産地はヒマラヤ地方、熱帯アジア、あるいは熱帯アメリカなど諸説ある。日本で最も発達した園芸植物で、古典園芸植物のひとつでもある。中国語で牽牛(別名:牽牛花)。
分布
当該植物が「朝顔」と呼ばれるようになったのは平安時代からで、日本への伝来は、奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。『和名抄』(929 - 930年)にアサガオ、『古今和歌集』(913年)にケニゴシ(牽牛子)の名がある。アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けにごし、けんごし)」と呼ばれ、奈良時代や平安時代には薬用植物として扱われていた。和漢三才図会には4品種が紹介されている。今日では観賞用に多数の園芸品種が作出されているが、しばしば野生化したものも見られる。
なお、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる。
Ipomoea
香港では観賞用のアサガオ類は見たことがない。大体はフェンスがある道ばたや切り立った道ばたに咲いている。色はいろいろあるが青 / 赤紫系統。
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文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー3.空蝉 (うつせみ) の巻
<帚木 (ははきぎ) の巻>の『雨夜の品定め』の後の後半は源氏と空蝉の話になっている。<空蝉 (うつせみ) の巻>はその続編。
この巻は源氏と空蝉、空蝉の弟の子君 (こぎみ) 、そして紀伊守の妹 (西の御方、軒端萩と称する)が主な登場人物。読者からすると、コミカルに描かれているふしがある。
原文 (たいして長くない) を何度か読み返してみたが< 軒端萩 (のきばのおぎ) >という字は出てこない。現代語では< 軒端萩>が出て来る。
西の御方 紀伊守邸の西の対に住んでいる紀伊守の妹(軒端萩と称する)のこと。
空蝉はかなり年上の紀伊守の後妻。したがって西の御方は義理の妹になる。
また、原文を何度か読み返してみたが取り立てて草木の名は出てこない。先き取りになるが、これは次の<夕霧の巻>で出てくる、
sptt
主に
文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー2.帚木 (ははきぎ) の巻
<帚木 (ははきぎ) の巻>の大半はいわゆる『雨夜の品定め』の源氏を含む4人の男の女性に関する論議で、題名の<帚木 (ははきぎ)>は最後の方で、源氏と空蝉の間で交わされる和歌で出てくる。<帚木 (ははきぎ)>はもと<ほうき草>だが、当時すでに次のような伝説があり、和歌に使われた和歌用の言葉だ。
”
帚木は信濃国(長野県)の伝説に、同国下伊那郡の「園原伏屋」の森にあった木。梢はほうきのようで、遠くから見ると見えるが、近くによると見えなくなるという。
”
「帚木の心をしらでその原 (園原) の道にあやなくまどひぬるかな」源氏 及び
「数ならぬ伏屋に生ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木」空蝉
に因む。(Wiki)
源氏物語の草木とはあまり関係ないので、<帚木、ハハキギ>につては省略。
『雨夜の品定め』はかなり長い。男たちの女性に関する論議なので、草木はときどき出て来る和歌の中にあるだけ。
4人の男の中の<頭の中将>(<帝の妹君腹の中将>とあるので、源氏とはいとこ同士になる)の話。
出だしは<中将、「なにがしは、痴者の物語をせむ」とて>(「わたしは、阿呆な男の話をしましょう」と語り始めた)だが実際は自分自身の話。
”
そんなかわいそうなことがあったとも知らず、心には忘れず、便りもださず久しく経つうちに、気落ちして心細かったのか、幼い子供などもあって悩んだのであろう、撫子の花を手折って送ってきた」と言って涙ぐんだ。
「さて、その文の言葉は」と源氏の君が問えば、
「いや、特別なこともないのだ。
(女)『山がつの垣ほ荒るとも折々に
あはれはかけよ撫子の露』
『山賤の家の垣根は荒れていても
、露が撫子に置くように時々は娘にあわれをかけてください』
思い出して行ってみると、例によって信じ切った様子であったが、もの思わし気な顔をして、荒れた家の露を眺めて、虫の音に競えるほどに泣く様が、昔物語の一場面のようであった。
(中将)『うち払ふ袖も露けき常夏に
あらし吹きそふ秋も来にけり』
大和撫子をばさしおきて、まづ『塵をだに』など、親の心をとる。
『いろいろ咲いている花はどれも美しいが 、やはり母の撫子に勝るものはないでしょう』
子の大和撫子を置いて、『塵をだに』の、常夏の親の方を取った。
(女)『うち払ふ袖も露けき常夏に
あらし吹きそふ秋も来にけり』
『露を払うわたしの袖も露でいっぱいです
。 涙で濡れた常夏に嵐をはらんだ秋が来そうです』
と女は何事もないように言って、真剣に恨んでいる様子も見えなかった。涙を落としても、恥かしげにつつましく紛らわしつつ隠して、わたしに辛い気持ちでいると見られるのが、かえって心苦しいと思っていたので、安心してまた行くのをやめておりましたところ、跡形もなく居なくなった。
現代語訳だが、わかりにくいところがある。
「山がつ」はここは「山がつの家」の意味。「山がつ」は<山賤>で山に住む下賤の人の意。
塵をだに
『塵をだに据えじとぞ思う咲きしより妹とわが寝る常夏の花」(咲いてからずっと、塵さえも置くまいと思っている。愛しい人と供に寝るように大切にしてきた花だ)
常夏の花
<みんなの趣味の園芸>に次のような記事がある。
https://www.shuminoengei.jp/?m=pc&a=page_tn_detail&target_xml_topic_id=engei_003506
”
物語に綴られた撫子と常夏(夕顔)
100種類を超える植物が登場する『源氏物語』。物語には「撫子(なでしこ)」と「常夏(とこなつ)」の花が登場します。ナデシコは開花期が5~9月と長く、夏の間も咲くことから古くはトコナツとも呼ばれていました(常夏をカラナデシコと捉えて別種とする説もあります)。ですが、物語ではこの2つを意図的に明確に分けて描いています。
第2帖「帚木(ははきぎ)」では、ナデシコは「頭を撫でたくなるほどのかわいい子」として小さな子どもに対して使われ、夕顔の娘(幼いころの玉鬘)を指しています。対してトコナツは、「床懐かしい」などから大人の女性に対して使う言葉とされて夕顔を指しています。
女性談議に花を咲かせる「雨夜の品定め」で頭中将(とうのちゅうじょう)は、子までもうけた内縁の妻(夕顔)の話をします。長い間便りも出さずにいたところ、悲観した夕顔が、「幼い子どももいたので思い悩んで、撫子の花を折って寄こした」と。その文にはナデシコの花が添えられ、「山家の垣根は荒れていてもときどきはかわいがってください。撫子の花を」と綴られていたというのです。
”
<常夏 (とこなつ) の花>というと昔見たテレビコマーシャルの影響からか、あるいはハワイ州の州花からかハイビスカスがまず頭に浮かぶが、認識を改めないといけない。
夕顔とその娘玉鬘 (たまかずら) はあとから独立してでてくるので、上の<頭の中将>の話は「雨夜の品定め」にまぎれ入ってているが、伏線なのだ。
<ナデシコ>は以前取りあげている。
雨夜の品定め』の後の後半は源氏と空蝉の話になっている。冒頭の帚木の歌はこの話の最後の方にの出てくる。
<おまけ>
『雨夜の品定め』の女性に関する論議の話の中に紫式部の洞察、美意識が散りばめられている。
紫式部の洞察
男の朝廷に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきを取り出ださむには、かたかるべしかし。されど、賢しとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に輔けられ、下は上になびきて、こと広きに譲ろふらむ。
男が宮仕えする場合にも、どうどうと天下の要となる、まことの人材を選ぶのは難しいものです。しかし、賢いと言っても、一人や二人の力では世の中を治められないので、上の者は下に助けられ、下の者は上に服して、広い分野で融通がつくものです。
絵画、書への言及
また、絵所には上手な絵描きがたくさんいるが、師匠たる墨書きに選ばれて、次々に描きだすものは、優劣はまったく分からない。しかし、人が見たことのない蓬莱山や、荒海に怒る魚の姿や、唐国のはげしい獣の形や、見えない鬼の顔など、大げさな作り物は思いのままに描いて人目を驚かすが、似ていないが、それでいいのでしょう。
世の普通の山のたたずまい、水の流れ、近くの人家の有様、いかにもそう見えて、懐かしく柔らかい形を静かに描いて、なだらかな山の姿や、人里離れた林の奥に畳んだ描き方、近景の籬の内側など、その心づかいや描法の点で、上手の筆力には、下手な絵師はとうてい及ばない。
書を書くにも、深い教養はなく、ここかしこの点を長く引っ張って、なんとなく気どっているのは、よく見ると才気走っているようだけれど、正統の書法によってしっかり書いたものは、うわべの筆勢が消えたように見えても、もう一度並べ直して見れば、実力は歴然としています。
sppt
かなり以前に
<源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
の文庫本を私の住む香港で買って読んだことがある。<2002年印刷、初版>とあるのでひと昔前だ。内容はなぜかあまり記憶になかった。今回 <花、草木のやまとことば>探しに読みかえしてみた。<sptt 花、草木のやまとことば>の書きはじめは2019年だが、花への興味は、しろうとレベルだが、昔から少しあり、2008年 (北京オリンピックの年) ころに、日曜日に花のスケッチをし始めてからからは草木の花と名前に興味が移って今日に至っている。
<花、草木のやまとことば>探しで読み返してみると、そこそこに<花、草木のやまとことば>は出てくるのだが、それよりもむしろ、田辺聖子の解説で長編の源氏物語のストーリの概略がよくつかめたというのが実際だ。一方、桑原仙溪の源氏物語五十四帖に沿った花、草木の話と生け花スケッチがあるのだが、残念ながら五十四帖の各帖の話と花、草木の話は全くちがっている場合が少なくない。また生け花スケッチの方も花、草木のスケッチはいいが、生け花スケッチなので花器が描かれているのだが、花器がいかにも<取って付けた>感じで全体的に精彩にかける。
主に原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
1.桐壺 きりつぼ
タイトルは<桐壺>は桐壷帝と源氏の母の名<桐壺の更衣> からきている。また<桐壺の更衣>が住む内裏の場所でもある。
文庫本では次の草木が取りあげられている。
宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
宮中に吹く秋風の音を聞くにつけても涙を催し、子供のことを思いやっているのだ。;「宮城野」は宮城県仙台市の東にある野。萩の名所で歌枕(新潮)/宮城野を吹き渡って、露の玉をむすばせる野分の風の響きを聞くにつけて、小萩がその風に痛めつけられはしないかと、いつしか思いをそちらに馳せてしまうことである。「宮城野」は、奥州の萩の名所、宮城野と書くので、宮中の意に用いた。「小萩」に子の意を含めて、若宮に擬してある。(玉上)
紫式部は当時の一流歌人で、その和歌にはいくつかの技巧が施されているため、しろうとには上のような解説がないと、隠された意味がつかめない。
ハギ ー マメ科
以前に<マメ (科) >をとりあげているが、ハギは抜けている。マメ科は超大家族で、<ジャックの豆の木>はつる性でなく、木性。
Wiki の解説
”
ハギ(萩、胡枝花 Lespedeza)は、マメ科ハギ属の総称。落葉低木。秋の七草のひとつで、花期は7月から10月。
特徴
数種あるが、いずれも比較的よく似た外見である。
背の低い落葉低木ではあるが、木本とは言い難い面もある。茎は木質化して固くなるが、年々太くなって伸びるようなことはなく、根本から新しい芽が毎年出る。直立せず、先端はややしだれる。
葉は3出複葉、秋に枝の先端から多数の花枝を出し、赤紫の花の房をつける。果実は種子を1つだけ含み、楕円形で扁平。
荒れ地に生えるパイオニア植物で、放牧地や山火事跡などに一面に生えることがある。
”
<胡枝子 Lespedeza>のメモ書きがある。
文庫本には出てこないが、原文にはヤエムグラが出てくる。
”
命婦、かしこに参で着きて、門引き入るるより、けはひあはれなり。やもめ住みなれど、人一人の御かしづきに、とかくつくろひ立てて、
めやすきほどにて過ぐしたまひつる、闇に暮れて臥し沈みたまへるほどに、草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地して、月影ばかりぞ八重葎にも障はらず差し入りたる。
”
この前に
”
野分立ちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて、 靫負命婦といふを遣はす。夕月夜のをかしきほどに出だし立てさせたまひて (後略)
”
というくだりがあり<月影ばかりぞにも障はらず差し入りたる>に呼応している。<夕月夜>や<月影>はいい大和言葉だと思うが、残念ながら死語に近い。
ヤエムグラ
Wiki の解説
”
ヤエムグラ(八重葎、Galium spurium var. echinospermon)は、アカネ科の越年草。道端の雑草としてごく普通にみられる。種子はひっつき虫の性質も持つ。
特徴華奢な一年草または越年草[1]。茎に4稜があり、葉は狭い倒卵形で6-8枚が輪生する。茎には下向きの棘があり、他の植物に寄りかかり、棘を引っ掛けながら立ち上がる。衣服などに付着するので、これを切り取って服に付ける子供の遊びがあった。また、果実には鉤状の毛が生えており、これも衣服などに付着する。これは種子散布に関係するものと思われる。
古典の中のヤエムグラ万葉集で和歌に詠まれた「やえむぐら」とは、本種を指している言葉ではなく「『むぐら』と総称される各種の雑草」もしくは「それらがよく茂った状態」のことである。また、小倉百人一首にも収録されている恵慶法師の作品、
八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
に詠われている「八重むぐら」は、秋に繁茂するアサ科のカナムグラであると思われる。
(カナムグラ(鉄葎、Humulus japonicus)はアサ科カラハナソウ属の一年草。 和名「鉄葎」は強靭な蔓を鉄に例え、「葎」は草が繁茂して絡み合った様を表すように、繁茂した本種の叢は強靭に絡み合っており、切ったり引き剥がしたりすることは困難である。 後述のヤエムグラやヤブムグラ等、本種と似た種小名の植物は多いが、本種とは系統的に離れたアカネ科に属するものが多い。漢名は律草(りつそう)。)
”
Wiki の解説からすると、桐壺の巻のヤエムグラ (八重葎) は<古典の中のヤエムグラ>のようだ。解説を読む繁殖力旺盛な雑草なのだが、和歌語でもあるようだ。
日本大百科全書(ニッポニカ) 「むぐら」の意味・わかりやすい解説
”
カナムグラをさすとも、ヤエムグラなどを含めたつる性の雑草の総称ともいう。荒廃した、また、みすぼらしい家や庭の景物として、蓬(よもぎ)や浅茅(あさぢ)とともに、文学作品に早くからみられ、すでに『万葉集』から「八重(やへ)葎」「葎生(ふ)」などと歌語化して用いられている。平安時代以後は、歌語としては「八重葎」に固定して、(中略)「葎の門」「葎の宿」というような歌語が生じるが、この前提として「葎の門に住む女」、荒廃した屋敷に美女がひっそりと隠れ住む、というようなロマン的な場面が物語によって形成され、読者に歓迎されて類型化した。『伊勢物語』三段の「思ひあらば葎の宿に寝もしなむ引敷物(ひじきもの)には袖(そで)をしつつも」、『大和(やまと)物語』173段の良岑宗貞(よしみねのむねさだ)の話、『うつほ物語』「俊蔭(としかげ)」の若小君(わかこぎみ)(藤原兼雅(かねまさ))と俊蔭女(むすめ)との出会いの場面などがその例であり、『源氏物語』「帚木(ははきぎ)」の雨夜の品定めで語られる「さて世にありと人に知られず、寂しくあばれたらむ葎の門に、思ひのほかにらうたげならむ人の閉ぢられたらむこそ、限りなく珍しくはおぼえめ」などはその典型といえよう。
”
ヤエムグラの方は Wiki の写真を見る限り、普通の雑草にない特徴がある。また、<ムグラ>は雑草らしい名前だ。
<桐 (キリ)>自体はストリーに出てこないが、<挿画・生花解説>では桐が取り上げられている。キリの花は紫色で、源氏物語の明らかな、または隠れテーマカラーだ。紫式部、紫の上 (登場人物)。上の<萩の歌>の萩 (ハギ) も赤っぽい紫色だ。
桐 (キリ)
Wiki の解説
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キリ(桐、学名: Paulownia tomentosa)は、シソ目のキリ科キリ属の落葉広葉樹。別名、キリノキともよばれる。中国名は毛泡桐で、漢語の別名として白桐、泡桐、榮がある。
”
キリ科はまだ取り上げていない。桐 (キリ) はキリ科、キリ属のキリなのだ。香港ではかなり前に九龍公園で運よく開花時の<泡桐>を見たことがあるが、感動的な美しさは覚えているが、花の色が思い出せない。
sptt
五十四帖の各帖の題目自体に<花、草木の名>、および<花、草木>関連 (と思われる) が使われているもの
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2 |
ははきぎ |
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4 |
ゆうがお |
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5 |
わかむらさき |
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6 |
すえつむはな |
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7 |
もみじのが |
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8 |
はなのえん |
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9 |
あおい |
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10 |
さかき |
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11 |
はなちるさと |
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15 |
よもぎう |
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20 |
朝顔(槿) |
あさがお |
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22 |
たまかずら |
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26 |
とこなつ |
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30 |
ふじばかま |
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31 |
まきばしら |
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32 |
うめがえ |
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33 |
ふじのうらば |
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34 |
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上・下 |
わかな |
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35 |
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かしわぎ | |||
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43 |
こうばい |
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46 |
しいがもと |
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48 |
さわらび |
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49 |
やどりぎ |
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1 |
きりつぼ |
<桐壷>は<桐の壺>
五十四帖の題目
第一部
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1 |
きりつぼ |
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2 |
ははきぎ |
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3 |
うつせみ |
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4 |
ゆうがお |
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5 |
わかむらさき |
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6 |
すえつむはな |
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7 |
もみじのが |
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8 |
はなのえん |
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9 |
あおい |
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10 |
さかき |
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11 |
はなちるさと |
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12 |
すま |
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13 |
あかし |
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14 |
みおつくし |
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15 |
よもぎう |
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16 |
せきや |
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17 |
えあわせ |
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18 |
まつかぜ |
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19 |
うすぐも |
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20 |
朝顔(槿) |
あさがお |
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21 |
おとめ |
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22 |
たまかずら |
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23 |
はつね |
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24 |
こちょう |
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25 |
ほたる |
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26 |
とこなつ |
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27 |
かがりび |
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28 |
のわき |
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29 |
みゆき |
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30 |
ふじばかま |
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31 |
まきばしら |
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32 |
うめがえ |
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33 |
ふじのうらば |
第二部
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34 |
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上 |
わかな |
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下 |
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35 |
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かしわぎ |
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36 |
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よこぶえ |
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37 |
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すずむし |
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38 |
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ゆうぎり |
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39 |
|
みのり |
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40 |
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まぼろし |
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41 |
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(雲隠) |
(くもがくれ) |
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第三部
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42 |
匂宮 |
におう(の)みや |
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43 |
こうばい |
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44 |
たけかわ |
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45 |
はしひめ |
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46 |
しいがもと |
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47 |
あげまき |
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48 |
さわらび |
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49 |
やどりぎ |
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50 |
あずまや |
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51 |
うきふね |
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52 |
かげろう |
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53 |
てならい |
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54 |
ゆめのうきはし |