主に
文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー4.夕顔 (ゆうがお) の巻
夕顔の巻にはタイトルの<夕顔>と朝顔が和歌に出てくる。また<夕顔>は直接には出てこないが女性の名前でもある。
おもしろいのは、 <夕顔の巻>の前は<空蝉の巻>で,話としては<空蝉>(これも直接には出てこないが女性の名前でもある)の話が冒頭に来てもいいのだが、なぜか夕顔の話が冒頭から始まり、これがそこそこ続いて最後の方に<空蝉>の話が出てくる。そしてこの<空蝉>の話の中に、前回とりあげた< 軒端萩 (のきばのおぎ) >が出て来る歌がある。
さらには<夕顔>の話の中に、 六条御息所や<中将のおもと> (御息所つきの女房) の話も挿入されている。朝顔の歌は<中将のおもと>の話の中に出てくる。話は相当込み入っているのだが、紫式部の意図か、はたまた後世の書き写し間違いか?
さて<夕顔> (女性) の話だが、これは前々回の<帚木の巻>で伏線としてとりあげた『雨夜の品定め』の話の中の<頭の中将>の話の続き。源氏が<頭の中将の女>とわかる (察する) のは後半になってから。
夕顔の話
この話自体込み入っているのだが、まず夕顔が歌を源氏におくる (扇に書いたもの) 。
惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて馴らしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさみ書きたり。
そこはかとなく書き紛らはしたるも、あてはかにゆゑづきたれば、いと思ひのほかに、をかしうおぼえたまふ。
惟光に紙燭を持ってこさせて、例の扇を見れば、使いなれた香の移り香が深くしみて心惹かれ、興をそそる走り書きであった。
(夕顔)「おそれ多くも源氏の君ではないかとご推察します 白露の光が輝いて夕刻のお顔に光を添えております」
それとなく書き手を紛らわす様は、品があり訳あり気で、意外にも風情があった。
源氏の返事
御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて、
「寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔」
ありつる御随身して遣はす。
懐紙に筆跡が誰と分からないようにして、
(源氏)「近くに寄ってはっきりご覧になったらどうですか たそがれ時にぼんやり見えた夕顔の花を」
例の随身に持たせて遣わす。
つまりは、初めは夕顔から源氏に歌をおくるのだ。
Wiki の植物<ユウガオ>の解説は次の通り。
”
ユウガオ(夕顔)は、ウリ科ユウガオ属の植物で、蔓性一年草。実の形によって細長くなった「ナガユウガオ」と、丸みを帯びた球状の「マルユウガオ」とに大別する。
名称
和名「ユウガオ」の由来は、夏の夕方に開いた白い花が翌日の午前中にしぼんでしまうことに由来する。アサガオ・ヒルガオ・ヨルガオに対して命名された名であるが、アサガオ・ヒルガオ・ヨルガオはいずれもヒルガオ科の植物であり、ウリ科のユウガオとは直接の類縁関係はない。ヨルガオがユウガオと呼ばれる事もある。白花夕顔はウリ科ユウガオではなくヒルガオ科ヨルガオのことである。
特徴
原産地は北アフリカまたはインド、古くから日本でも栽培されていたとされるが、何時どの様に伝来したかは分かっていない。
大きな果実を実らせることが特徴。果実は長楕円形、洋なし形、球形がある。同じく大きな実を実らせるウリ科の植物にヒョウタンがあるが、ヒョウタンとユウガオは同一種であり、ヒョウタンがインドに伝わって栽培されるうち、苦味の少ない品種が食用のものとして分化、選別されたと考えられている。食用にされる果実は、ウリ特有の香りがあり、トウガンに近い風味がある。天日で乾燥させたかんぴょうは、ほのかな甘みがある。
”
朝顔の話
上で少し触れたが<朝顔>の歌は<中将のおもと>の話の中に出てくる。
中将の君、御供に参る。紫苑色の折にあひたる、羅の裳、鮮やかに引き結ひたる腰つき、たをやかになまめきたり。
見返りたまひて、隅の間の高欄に、しばし、ひき据ゑたまへり。うちとけたらぬもてなし、髪の下がりば、めざましくも、と見たまふ。
「咲く花に移るてふ名はつつめども
折らで過ぎ憂き今朝の朝顔
いかがすべき」
とて、手をとらへたまへれば、いと馴れてとく、
と、おほやけごとにぞ聞こえなす。
をかしげなる侍童の、姿このましう、ことさらめきたる、指貫の裾、露けげに、花の中に混りて、朝顔折りて参るほどなど、絵に描かまほしげなり
現代語訳
中将の君はお供する。中将の君の時節に合った紫苑色の着物に、薄絹の裳を引き結んだ腰つきは、優雅であった。
源氏はふり返って、隅の間の高欄の近くに中将を座らせた。すきのない物腰、肩にかかる下がり端の具合が見事だった。
(源氏)「咲く花に心が移った、と噂が立っては困るが、
手折らないで通り過ぎれない今朝の朝顔のようなあなたです。
どうしましょう」
と言って手をとったが、馴れた手つきですぐ、
(中将の君)「朝霧の晴れ間を待つ間もなくお出かけでは
花に心を止める余裕などございませんでしょう」
とわざと主人の返歌として返す。
可愛らしい侍童の姿が好ましく、特別にあつらえた指貫の裾が、露にぬれて、花の中に混じって朝顔を手折っくるなど、絵に描きたいくらいだ。
注)
中将の君はお供する。中将の君は (六条御息所に) お供する。
おほやけごとにぞ聞こえなす。ー> わざと主人わざと主人 ( 六条御息所に) の返歌として返す。
六条と五条
六条御息所も源氏の愛人で、上の場面は源氏が六条御息所と一夜を過ごした朝の出来事。何度も繰り返すが、話はややこしいのだ。夕顔 (ゆうがお) の巻の冒頭は
と始まっている。Wikii の解説
六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ、ろくじょうみやすどころ)は、『源氏物語』に登場する架空の人物である。桐壺帝時代の前東宮(前坊)の妃で、六条京極(現在の京都市下京区本塩竈町附近)に住まいを構えていることからこの名がある。光源氏の最も早い恋人の一人。
六条はそこそこの住居区だろう。
一方夕顔が住むのは五条で、この巻には
門は蔀のやうなる、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに、「何処かさして」と思ほしなせば、玉の台も同じことなり。
切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉開けたる。
門は蔀のようなものを押し上げていて、奥まで見とおせるような粗末な住まいに、あわれを感じ、「どこでも行き着いた処が自分の家だ」と思えば、この家も高殿と同じだろう。
切り掛けのような粗末な板塀に、青い葛が心地よく這い、白い花がひとり笑うように咲いていた。
とか
げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、このもかのも、あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、
という描写がある。
アサガオの Wiki の解説
アサガオ(朝顔、牽牛花、学名: Ipomoea nil)は、ヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物。原産地はヒマラヤ地方、熱帯アジア、あるいは熱帯アメリカなど諸説ある。日本で最も発達した園芸植物で、古典園芸植物のひとつでもある。中国語で牽牛(別名:牽牛花)。
分布
当該植物が「朝顔」と呼ばれるようになったのは平安時代からで、日本への伝来は、奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めとされる。『和名抄』(929 - 930年)にアサガオ、『古今和歌集』(913年)にケニゴシ(牽牛子)の名がある。アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けにごし、けんごし)」と呼ばれ、奈良時代や平安時代には薬用植物として扱われていた。和漢三才図会には4品種が紹介されている。今日では観賞用に多数の園芸品種が作出されているが、しばしば野生化したものも見られる。
なお、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる。
Ipomoea
香港では観賞用のアサガオ類は見たことがない。大体はフェンスがある道ばたや切り立った道ばたに咲いている。色はいろいろあるが青 / 赤紫系統。

No comments:
Post a Comment