ツツジは漢字では<躑躅>となるようだが、読める人、書ける人は少ないだろう。そしてこれは書面語で、中国での口語は杜鵑花だ。この<杜鵑>は日本では鳥のホトトギスの漢字だ。ツツジはツツジ科のツツジ属のツツジ。中国でも口語の杜鵑花が使われ、杜鵑花科の杜鵑花属の杜鵑花。ラテン語の学名、英語はやっかいで
Ericaceae (ツツジ科) の Rhododendron ( ツツジ属)の Rhododendron xx (xx ツツジ)で ツツジ科にはエリカの名( Ericaceae )が使われている。昔<エリカの花が咲くという>(題名は<エリカの花散るとき>) と言う歌がはやったことがある(*)。 エリカの花は見たことがないので調べてみるとツツジとはまったく似ていない花だ。英語ではヒース(Heath)で、これまた見たことはないが昔読んだイギリスの小説ではこの ヒース(Heath)がよく出てくる。また英語(アメリカ英語か)では Azarea で<アザレア>というのは聞いたことがある。米国人は Rhododendron とは言わず Azarea (発音は Azi-ria に近い)と言っていたようだ。 よくわからないので<アザレア>が<ツツジ>で、あまり聞かない、言いずらい Rhododendron が<サツキ>と勝手に解釈していた。
ツツジの語源はよくわかっていない。難しそうな 漢字の<躑躅>は現代中国語ではzhízhú と発音し しかも 躑躅だけでは意味は <徘徊不前(前に進まずの意か)>とか<用腳踏地>で、つまりはよく聞くがこれまた難しそうな 漢字の<躊躇(ちゅうちょ)>と同じような意味なのだ。そして<山躑躅>と<山>がついて花の<ツツジ>になるようだ。躊躇(ちゅうちょ)は現代中国語では chóuchú と発音するが聞いたこはない。多分今の中国人は使っていないだろう。 ツツジ<躑躅>zhízhú の発音は<チ-チュ(ー)>で<ツツジ>の<つつ>に似ていないことはない。中国で <躑躅>がツツジの意で使われるようになったのは経緯(語源)があるが人為的だ。<山躑躅>をネット辞書しらべてみると
植物名。小灌木,葉子呈倒卵形或披針形, 夏初開漏斗狀紅色花,瓣五裂,萼片小,形似杜鵑花。簡稱為「躑躅」。
とある。 <形似杜鵑花>は<かたち 杜鵑花に似る>なので、 山躑躅と 杜鵑花は違うことになる。 <漏斗狀紅色花>に注目すると<ラッパ(漏斗(ろうと)、じょうご)型の赤い花>となるが、これは実態に即して言い換えると<つつ形の赤ムラサキ(紫)の花>となる。 これで<つつ>はいい。<じ>は紫は中国語発音では zi (ツー)だが <シオン>が紫苑で <紫>が<シ>、連想になるが <アジサイ>が 紫陽花で、 <ジ>と発音されてもおかしくはない。これを進めると<つつ形の紫(じ)の花>で<つつじ>となる。この語源は他の推測語源の正確さと同じ 程度 だろう。
ツツジは園芸品種が多そう。かたまって咲きしかも普通のツツジは三方に向かて咲くのでどの方向から見ても同じような花の量が見られる。一つひとつの花も見栄えがするがまとまって咲いているツツジもこれまた見応(ごた)えがある。香港では長い夏をのぞけば11月から5月ごろまで咲いているようだがまばらに咲いており、 まとまって咲く 盛りは3-4月だろう。
(*) 昔<エリカの花が咲くという>(題名は<エリカの花散るとき>) と言う歌がはやったことがある 。
調べてみたがかなりのナツメロ。西田佐知子という歌手がヒットさせた歌で、私はまだ小学生だったのでうるおぼえだ。 ネットで見て聞く限りは西田佐知子は美人で歌のうまさが目立つ。歌詞ではエリカは見つけにくい謎めいた花で、これがミソだろう。 西田佐知子も謎めいたところがある。 ネットで見ると年齢や化粧の仕方の違いにもよるのだろうがまるで七変化だが、化けもののようというわけではない。さらの調べてみると、 西田佐知子にはドイツ語の歌があり、<R>の発音がドイツ人の <R>になっており聞きやすい(*)。 言葉の達人だろう。 しかももともと歌がうまいのだ。第一級の歌姫(うたひめ)だ。 歌の題名が出てくる三番に< エリカ エリカの花が 散るときは 恋にわたしが 死ぬときよ>とある。ネットのコメントにもあるが、< エリカ エリカの花が 散るときは 恋にわたしが 死ぬときよ>と歌っていても他人ごとのようで、どこか冷(さ)めたところがある。そこが魅力だろう。
水木かおる作詞
1 青い海を 見つめて 伊豆の山かげに エリカの花は 咲くという 別れたひとの ふるさとを たずねてひとり 旅をゆく エリカ エリカの花の 咲く村に 行けばもいちど 逢えるかと
2 山をいくつ 越えても うすい紅いろの エリカの花は まだ見えぬ 悲しい恋に 泣きながら 夕日を今日も 見送った エリカ エリカの花は どこに咲く 径(みち) ははるばる つづくのに
3 空の雲に 聞きたい 海のかもめにも エリカの花の 咲くところ 逢えなくなって なおさらに 烈しく燃える 恋ごころ エリカ エリカの花が 散るときは 恋にわたしが 死ぬときよ
吊鐘花(學名 :Enkianthus quinqueflorus )
吊鐘花は中国名。日本語で<ツリガネソウ、釣鐘草>というのがあるが、これは別もので、<ホタルブクロ>の別名。ツツジ科ではなくキキョウ科だ。
ホタルブクロ (蛍袋、学名 : Campanula punctata var. punctata または Campanula punctata )とは、キキョウ科 の多年草 。
初夏に大きな釣り鐘 状の花を咲かせる
中国名<吊鐘花(Enkianthus quinqueflorus )>の方はツツジ科。学名 Enkianthus quinqueflorus と あるが、香港公演で初めて見たときは、名札に< Ericaceae> ( ツツジ科のこと) の字を見つけた時に、上の西田佐知子の<エリカの花 . . . . >を思い出したわけだ。 中国名<吊鐘花>は Chinese New Year Flower ともいわれ、縁起のいいはなのようだが、 <ツリガネソウ (ホタルブクロ) >と同じく釣鐘状の小ぶりの花を下向きにたくさんつける。色は淡い赤。ピンクだ。
<Enkianthus quinqueflorus >、 < Ericaceae >のメモがある。
追加
西田佐知子の最大のヒット曲は<アカシアの雨が止む時>だろう。これも <エリカの花散るとき>と似たようなところがあって
1) アカシアを正確に知っている人はそう多くはないだろう。ニセアカシアというのもある。Wikiでは
”
日本においては、明治時代に輸入されたニセアカシア を当時アカシアと称していたことから現在でも混同される。
”
と言う説明がある。 これがミソ。聞く人は<アカシアとはどんな木か>と想像をはたらかす人とそうでない人がいるだろう。 歌のビデオでは白い花がたくさん垂れ下がっている木の写真がでてくるのがあるが、これはニセアカシアだろう。また別のビデオでは球形の黄色い花が出てくるがこれは香港でも見られる<台湾相思樹>で学名は Acacia confusa で中国語版Wikiでは
”
相思樹 (學名 :Acacia confusa ),又名台灣相思樹 、台灣相思 、香絲樹 、相思仔 、台灣紫檀 ,為豆科 含羞草亞科 金合歡屬 植物,原產於台灣 南部、中國 南方及東南亞 一帶,於台灣日治時期 被日本人 廣泛種植至全台各地,是台湾早期知名的造林树种之一。近數十年於香港 也被廣泛種植於郊野公園 和市區 公園 內,與紅膠木 和濕地松 合稱香港「植林三寶」。
”
と言う解説がある。多分日本にはないだろう。相思相愛という言葉があるので何か意味があるのだろう。だがこれは名前からは本物のアカシアだが<アカシアの雨が止む時>のアカシアには似合わない。
Wiki < ニセアカシア> に
”
ニセアカシア (Robinia pseudoacacia ) は北米原産のマメ科 ハリエンジュ属 の落葉高木。和名はハリエンジュ (針槐)。日本には1873年に渡来した。用途は街路樹、公園樹、砂防・土止めに植栽、材は器具用等に用いられる。季語は夏である。
”
という解説がある。 ハリエンジュ (針槐)なのでトゲがある。さらには<ハリエンジュ属>の解説には
”
ハリエンジュ属 (ハリエンジュぞく、学名: Robinia )は、マメ科 ソラマメ亜科 の属 の一つである。
日本には、ハリエンジュ (ニセアカシア)が、明治初期の1873年に、薪炭材や寒冷地の緑化木・街路樹などの目的で導入されたが、現在では養蜂用(はちみつの原料)以外にはほとんど無用になっている。
”
となにか無責任な解説になっている。 学名: Robinia は響きのいい名前だ。
さてアカシアの方だが 、Wikiの解説 は
”
アカシア (金合歓、Acacia ) は、マメ科 ネムノキ亜科 アカシア属 の総称。アカシヤ 、アカシャ 、アケイシャ 。
”
となっている。 つまりは < アカシア属の総称>で、いろいろなアカシアがあることになる、 金合歓の<金>は無視できず、下記のように正確には
金合歓: Acacia farnesiana キンゴウカン (キンネム)
<ゴウガン>は<合歓>のこと。
一方< 金 合歓>の<金>のない< 合歓>はネムノキのことだが、Wikiの解説では
”
ネムノキ(合歓木、合歓の木、Albizia julibrissin )はマメ科 ネムノキ亜科 の落葉高木。別名、ネム 、ネブ 。
”
で、acacia ( アカシア属) ではなく albizia 。よくわからないので、さらに調べてみると ネムノキ科 (Mimosaceae) というのがあり、<ミモザ>と言うのがでてくる。
” ネムノキ科 (Mimosaceae) はマメ科 に近縁な科。クロンキスト体系 では独立の科とするが、新エングラー体系 やAPG植物分類体系 のようにマメ科に入れてネムノキ亜科 (Mimosoideae) とすることも多い。
おもな下位分類群
Acacieae アカシア連
Mimoseae オジギソウ連
Ingeae ネムノキ連
”
小葉ネムノキ(albizia julibrissn )=ネムノキは 日本にもあるが、香港では大葉ネムノキ( Albizia lebbeck )というのもある。小葉ネムノキ、大葉ネムノキ いずれも花はいい香りがする。
一方エンジュの学名はStyphnolobium japonicum でアカシア(属)ではない。
Wikiの解説 は
”
エンジュ (槐、Styphnolobium japonicum )はマメ亜科 エンジュ属 の落葉高木。中国原産。
中国原産で、古くから台湾、日本、韓国などで植栽されている。和名は古名えにす の転化したもの。別名でニガキとよばれることもある。中国植物名は槐、または槐樹(かいじゅ)である。街路樹によく使われ、公園や学校などの庭木としても植えられる。
”
だが、マメ科ではある。< 和名は古名えにす の転化したもの>なので <槐>の一字で<エンジュ>と読み、やまとことばになるが、これは気がつきにくい。 槐は上記のように中国原産で中国の小説(たぶん魯迅の小説)には 槐がでてくる。これまでよくわからなかったが、マメ科でマメ科の花が咲く木で少し認識が高まった。
さらにまたややこしいのはマメ科に cassia xx と言うのがある。 香港では
Cassia fistula (Golden Shower Tree)
という花の木が大きく、盛りには黄色い花が名前のとおりシャワーのように咲く。初めて見たのは台湾で、植えたての小さい木の花だったが、それでも感激した。
また<槐>がつくのでは黃槐(Senna surattensis)というのが街のあちこちに見られる。これまた名前のとおり黄色い、多分<槐>の花に似ていると思われる、美しい花が次々に長い期間咲く。
小葉ネムノキ(albizia julibrissn )、 大葉ネムノキ( Albizia lebbeck )、Cassia fistula 、黃槐(Senna surattensis)は別のポスト<マメ>で取り上げている。
さて歌の方にもどって 、<アカシアの雨>は<よくわからないアカシア>の木や、葉っぱや花が降ってくるわけではなく、おそらくアカシア並木に降る雨>のことだろう。歌詞としてはこれでいい。とやかくいうのは野暮(やぼ)だ。野暮(やぼ) を承知で詮索してみると、本命と思われるニセアカシアは落葉樹で夏の季語というので夏に白い花を咲かせるのだろう。枯れ枝に雨というのは想像しにくく、また厳冬だと<雨にうたれて死ぬ>前に凍(こご)え死んでしまう。この歌の季節は6月か9月の雨季だろう。 白い花は必ずしもいらないが緑の葉は必要だ。
2)題名の <アカシアの雨が止む時>は <エリカの花散るとき>と同じく 3番にでてくる。
1)も2)もある効果をねらったものだろう。
さて 西田佐知子の歌い方だが、ネットで見られ、聞けるものから判断すると、 <エリカの花散るとき>に比べると<気持ちがかなり入ってしまっている>のがあり< 他人ごとのようで、どこか冷(さ)めたところがある>のよさがうすれているのがある。歌詞の方もシリアスなところがあり
このまま 死んでしまいたい(1番)
冷たくなった わたしを見つけて(1番)
冷たくなった 私のぬけがら (3番)
を <気持ちをしっかりこめて>歌うと恐ろしさを感じる。
水木かおる作詞
アカシアの 雨にうたれて
このまま 死んでしまいたい
夜が明ける 日がのぼる
朝の光の その中で
冷たくなった わたしを見つけて
あの人は
涙を流して くれるでしょうか
アカシアの 雨に泣いてる
切ない胸は わかるまい
思い出の ペンダント 白い真珠の この肌で 淋しく今日も 暖めてるのに あの人は 冷たい瞳(め)をして 何処(どこ)かへ消えた
アカシアの 雨が止む時
青空さして 鳩がとぶ
むらさきの 羽の色
それはベンチの 片隅で
冷たくなった 私のぬけがら
あの人を
さがして遥(はる)かに 飛び立つ影よ
(*) ドイツ語の歌があり、<R>の発音がドイツ人の<R>になっており聞きやすい。
これもネットで聞ける。 演歌調でないのがいい。
Die Seligkeit liegt immer am anderen Ufer
日本語版: 幸せは彼方の岸に
Einmal kommt der Tag
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Bleib immer und ewig bei mir
Heute nacht
聞いてもわからないところが多いので歌詞を探してみたが、残念ながら見つからなかった。 ドイツに 演歌調の歌詞はないだろう。西田佐知子に演歌は似合わないような気がするが、ヒット曲は生まれなかっただろう。
sptt