主に
文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー2.帚木 (ははきぎ) の巻
<帚木 (ははきぎ) の巻>の大半はいわゆる『雨夜の品定め』の源氏を含む4人の男の女性に関する論議で、題名の<帚木 (ははきぎ)>は最後の方で、源氏と空蝉の間で交わされる和歌で出てくる。<帚木 (ははきぎ)>はもと<ほうき草>だが、当時すでに次のような伝説があり、和歌に使われた和歌用の言葉だ。
”
帚木は信濃国(長野県)の伝説に、同国下伊那郡の「園原伏屋」の森にあった木。梢はほうきのようで、遠くから見ると見えるが、近くによると見えなくなるという。
”
「帚木の心をしらでその原 (園原) の道にあやなくまどひぬるかな」源氏 及び
「数ならぬ伏屋に生ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木」空蝉
に因む。(Wiki)
源氏物語の草木とはあまり関係ないので、<帚木、ハハキギ>につては省略。
『雨夜の品定め』はかなり長い。男たちの女性に関する論議なので、草木はときどき出て来る和歌の中にあるだけ。
4人の男の中の<頭の中将>(<帝の妹君腹の中将>とあるので、源氏とはいとこ同士になる)の話。
出だしは<中将、「なにがしは、痴者の物語をせむ」とて>(「わたしは、阿呆な男の話をしましょう」と語り始めた)だが実際は自分自身の話。
”
そんなかわいそうなことがあったとも知らず、心には忘れず、便りもださず久しく経つうちに、気落ちして心細かったのか、幼い子供などもあって悩んだのであろう、撫子の花を手折って送ってきた」と言って涙ぐんだ。
「さて、その文の言葉は」と源氏の君が問えば、
「いや、特別なこともないのだ。
(女)『山がつの垣ほ荒るとも折々に
あはれはかけよ撫子の露』
『山賤の家の垣根は荒れていても
、露が撫子に置くように時々は娘にあわれをかけてください』
思い出して行ってみると、例によって信じ切った様子であったが、もの思わし気な顔をして、荒れた家の露を眺めて、虫の音に競えるほどに泣く様が、昔物語の一場面のようであった。
(中将)『うち払ふ袖も露けき常夏に
あらし吹きそふ秋も来にけり』
大和撫子をばさしおきて、まづ『塵をだに』など、親の心をとる。
『いろいろ咲いている花はどれも美しいが 、やはり母の撫子に勝るものはないでしょう』
子の大和撫子を置いて、『塵をだに』の、常夏の親の方を取った。
(女)『うち払ふ袖も露けき常夏に
あらし吹きそふ秋も来にけり』
『露を払うわたしの袖も露でいっぱいです
。 涙で濡れた常夏に嵐をはらんだ秋が来そうです』
と女は何事もないように言って、真剣に恨んでいる様子も見えなかった。涙を落としても、恥かしげにつつましく紛らわしつつ隠して、わたしに辛い気持ちでいると見られるのが、かえって心苦しいと思っていたので、安心してまた行くのをやめておりましたところ、跡形もなく居なくなった。
現代語訳だが、わかりにくいところがある。
「山がつ」はここは「山がつの家」の意味。「山がつ」は<山賤>で山に住む下賤の人の意。
塵をだに
『塵をだに据えじとぞ思う咲きしより妹とわが寝る常夏の花」(咲いてからずっと、塵さえも置くまいと思っている。愛しい人と供に寝るように大切にしてきた花だ)
常夏の花
<みんなの趣味の園芸>に次のような記事がある。
https://www.shuminoengei.jp/?m=pc&a=page_tn_detail&target_xml_topic_id=engei_003506
”
物語に綴られた撫子と常夏(夕顔)
100種類を超える植物が登場する『源氏物語』。物語には「撫子(なでしこ)」と「常夏(とこなつ)」の花が登場します。ナデシコは開花期が5~9月と長く、夏の間も咲くことから古くはトコナツとも呼ばれていました(常夏をカラナデシコと捉えて別種とする説もあります)。ですが、物語ではこの2つを意図的に明確に分けて描いています。
第2帖「帚木(ははきぎ)」では、ナデシコは「頭を撫でたくなるほどのかわいい子」として小さな子どもに対して使われ、夕顔の娘(幼いころの玉鬘)を指しています。対してトコナツは、「床懐かしい」などから大人の女性に対して使う言葉とされて夕顔を指しています。
女性談議に花を咲かせる「雨夜の品定め」で頭中将(とうのちゅうじょう)は、子までもうけた内縁の妻(夕顔)の話をします。長い間便りも出さずにいたところ、悲観した夕顔が、「幼い子どももいたので思い悩んで、撫子の花を折って寄こした」と。その文にはナデシコの花が添えられ、「山家の垣根は荒れていてもときどきはかわいがってください。撫子の花を」と綴られていたというのです。
”
<常夏 (とこなつ) の花>というと昔見たテレビコマーシャルの影響からか、あるいはハワイ州の州花からかハイビスカスがまず頭に浮かぶが、認識を改めないといけない。
夕顔とその娘玉鬘 (たまかずら) はあとから独立してでてくるので、上の<頭の中将>の話は「雨夜の品定め」にまぎれ入ってているが、伏線なのだ。
<ナデシコ>は以前取りあげている。
雨夜の品定め』の後の後半は源氏と空蝉の話になっている。冒頭の帚木の歌はこの話の最後の方にの出てくる。
<おまけ>
『雨夜の品定め』の女性に関する論議の話の中に紫式部の洞察、美意識が散りばめられている。
紫式部の洞察
男の朝廷に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器ものとなるべきを取り出ださむには、かたかるべしかし。されど、賢しとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上は下に輔けられ、下は上になびきて、こと広きに譲ろふらむ。
男が宮仕えする場合にも、どうどうと天下の要となる、まことの人材を選ぶのは難しいものです。しかし、賢いと言っても、一人や二人の力では世の中を治められないので、上の者は下に助けられ、下の者は上に服して、広い分野で融通がつくものです。
絵画、書への言及
また、絵所には上手な絵描きがたくさんいるが、師匠たる墨書きに選ばれて、次々に描きだすものは、優劣はまったく分からない。しかし、人が見たことのない蓬莱山や、荒海に怒る魚の姿や、唐国のはげしい獣の形や、見えない鬼の顔など、大げさな作り物は思いのままに描いて人目を驚かすが、似ていないが、それでいいのでしょう。
世の普通の山のたたずまい、水の流れ、近くの人家の有様、いかにもそう見えて、懐かしく柔らかい形を静かに描いて、なだらかな山の姿や、人里離れた林の奥に畳んだ描き方、近景の籬の内側など、その心づかいや描法の点で、上手の筆力には、下手な絵師はとうてい及ばない。
書を書くにも、深い教養はなく、ここかしこの点を長く引っ張って、なんとなく気どっているのは、よく見ると才気走っているようだけれど、正統の書法によってしっかり書いたものは、うわべの筆勢が消えたように見えても、もう一度並べ直して見れば、実力は歴然としています。
sppt

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