主に
文庫本 <源氏・拾花春秋 -源氏物語をいける>
田辺聖子・解説/桑原仙溪(桑原専慶流第十四世家元)・挿画・生花解説
それと、原文と現代語訳が並んでいる<源氏物語を読む>を利用。
http://james.3zoku.com/genji/index.html
源氏物語の草木 ー5.若紫 (わかむらさき) の巻
この巻の主な話はごく幼い<紫に上>との出会いから拉致に近い形での自宅への引き取りなのだが、出会いの背景として、源氏が病気療養のため北山の僧侶に加持祈祷を受けに行く。北山はその時ヤマザクラの開花時で、下のヤマザクラの歌はその僧侶とのやり取り。
加持祈祷L 病気や災難などから逃れるために、神や仏に祈ること
- 注記
- 「加持」は、病気や災難がないように、神の加護を祈る法のこと。「祈禱」は、神や仏に祈ること。
「山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりもおぼつかながらせたまへるも、かしこければなむ。今、この花の折過ぐさず参り来む。
とのたまふ御もてなし、声づかひさへ、目もあやなるに、
と聞こえたまへば、ほほゑみて、「時ありて、一度開くなるは、かたかなるものを」とのたまふ。
「山水の風景が心残りですが、内裏から催促がありまして、恐れ多いです。今、この花が散る前に参内します。
(源氏)大宮に戻ってこの山桜を宮人に語りましょう
風が来て花を散らす前に来てご覧なさいと」
と仰る君の所作が、声までが、あでやかに美しく、
(僧都)「優曇華の花に出合った心地がします 深山の桜には目移りしません」
と僧都が申し上げたので、源氏は微笑んで、「時にあって、一度だけ咲くというその花は、出会うのが難しいそうですね」と仰る
ーーーーー
若紫は幼い<紫に上>のことで、
秋の夕べは、まして、心のいとまなく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなるゆかりも尋ねまほしき心もまさりたまふなるべし。「消えむ空なき」とありし夕べ思し出でられて、恋しくも、また、見ば劣りやせむと、さすがにあやふし。
という歌がでてくる。これだけではわからないが、<源氏物語を読む>の解説には
手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草 この手に摘み取って、早くわがものにしたいものだ、あの紫草(藤壺)にゆかりのある野辺の若草(少女)を(新潮)/
手に摘んで早く見たいものだ紫草にゆかりのある野辺の若草を(渋谷) /手に摘んで早くみたいものよ。紫草の根につながっているのであった、あの野辺の若草を(小学館古典セレクション)。「紫」は紫草のことでその根を染料とした。ここではその紫(藤)色から、藤壺をさす。「ね(根)にかよひける」は血縁関係をさしす。
とある。
紫草 (ムラサキソウ) をしらべてみた。
Wuki
”
ムラサキ(紫、Lithospermum erythrorhizon)は、ムラサキ科の植物の一種。多年草で、初夏から夏にかけて白い花を咲かせる。栽培用には、同属異種のセイヨウムラサキ(L. officinale L.)が利用されることが多い。
特徴
和名ムラサキの語源は、本種が群れて咲くことから「群ら咲き」であるとする説が一般的であるが、図鑑等には紫色の根が由来と説明するものもある。
染料
古くから青みがかった紫色「江戸紫」の染料として用いられてきた。紫色とは、もともとムラサキの根を原料として染め上げた色である。色を染めるには、乾燥した紫根を粉にし、微温湯で抽出して灰汁で媒染して染色する。(後略)
”
これからすると
1)<ムラサキ>が植物名である。
2)ムラサキ科という科がある。
3)紫色の紫 (ムラサキ) の名ははこの植物由来の可能性がある。この場合、<本種が群れて咲くことから「群ら咲き」であるとする説>が優先することになる。上の歌
の<紫の根>の紫は植物のムラサキと解釈できる。
この手に摘み取って、早くわがものにしたいものだ、あの紫草(藤壺)にゆかりのある野辺の若草(少女)を(新潮)
の紫草。紫草 (=藤壺) は解説が必要だが、ややこしい。さらに、子の巻には源氏と藤壺の密会が挿入されているのだが、行間を読まないといけない。
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